統合報告書2024年版調査 ~マテリアリティ~
EDGEリサーチ・インスティテュートは、「統合報告書2024年版調査~マテリアリティ~」の結果を公開しました。当社運営の企業価値レポーティング・ラボでは、統合報告書を発行する日本企業を毎年調査してきました。それら企業のうち上場企業を対象に、マテリアリティ開示の現状について調査・分析を行ったもので、8回目の調査となります。本調査は、企業と長期投資家のよりよい対話に向けた示唆になるものと考えています。
なお、本調査のローデータや詳細につきましては、ご希望いただきました機関投資家や研究者の皆様には、ご提供いたします。
■調査目的
統合報告書を発行する日本企業が「マテリアリティ」についてどのように開示しているか、現状を把握する。
■調査概要と結果
自己表明型統合報告書*1 を発行している日本の上場企業を対象に「マテリアリティ」に関連する下記の要素について、統合報告書における開示の有無を調査した。
①マテリアリティを開示:89.7%(978社)
②企業価値視点のマテリアリティを開示:74.7%(814社)
③②について機会とリスクに分けた開示:20.6%(225社)
④環境・社会視点のマテリアリティを開示:82.6%(900社)
⑤④についてポジティブおよびネガティブインパクトに分けた開示:0.3%(3社)
⑥②と④両方の視点を考慮したマテリアリティを開示:67.3%(734社)
⑦⑥において同じリストだが視点の区分を明確に開示:1.7%(18社)
⑧⑥においてそれぞれ別のリストで開示:0.2%(2社)
※マテリアリティという言葉を使用しない類似表現でも、内容が該当していれば抽出している。
※特定されたマテリアリティについて妥当性は問わない。
*1 企業価値レポーティング・ラボ(運営:株式会社エッジ・インターナショナル)が調査している「国内自己表明型統合レポート発行企業等リスト 2024年版」の1,177社のうち、日本の上場企業1,090社を対象。
https://www.edge-intl.co.jp/wp-content/themes/edge-intl/assets/pdf/01_reserch/02/list2024_J.pdf
■考察
「マテリアリティ」は、あらゆる企業報告における基本的な概念で、発行体に対する読み手の評価や分析結果に差異をもたらす情報やその判断基準を指すが、その情報の主たる利用者について、投資家と、投資家を含むマルチステークホルダーの大きく二つに分けられる。投資家の投資哲学や手法は多様であるが、メインストリームの長期機関投資家を想定した場合においては、それぞれフォーカスする視点は、投資家は企業価値、マルチステークホルダーは環境・社会であると言い換えられる。また本調査においては、「マテリアリティ評価に基づく課題/テーマ」を「マテリアリティ」と表現している。
先に挙げた二つの視点のいずれか、または両方の視点からマテリアリティを統合報告書で開示している企業は89.7%(978社)であった。増加傾向が続いており、2024年は9割近い水準となった。新たに統合報告書を発行する企業も含め、マテリアリティは統合報告書の中で標準的な開示要素として定着したと考えられる。
「企業価値視点のマテリアリティ」を記載したレポートは74.7%(814社)であった。マテリアリティについて、企業の中長期的な価値創造の実現への影響、または、ビジネスモデルの持続性の担保や財務パフォーマンスへの影響を意図して特定された企業をカウントしている。企業価値視点のマテリアリティを機会とリスクに分けた説明は20.6%(225社)で見られた。
一方、「環境・社会視点のマテリアリティ」は82.6%(900社)で記載があった。サステナビリティ報告の開示基準であるGRIが要求する「マテリアルな項目」に準拠したもので、いわば「事業活動によって著しい悪影響を及ぼす課題」や「事業を通じて解決に貢献できる社会課題」の優先付けがなされている事例をカウントした。
環境・社会視点のマテリアリティを社会的なポジティブインパクトやネガティブインパクトの観点から説明する事例は0.3%(3社)と、ごく少数にとどまった。
「企業価値視点」と「環境・社会視点」の両方の視点から特定したマテリアリティを掲載しているレポートは67.3%(734社)であった。大半が両視点を加味したマテリアリティ、つまりダブル・マテリアリティの考え方で特定されていた事例だったが、同じマテリアリティリストとして開示しつつも、両視点の区分が明確な事例は1.7%(18社)であった。一方、「企業価値視点」と「環境・社会視点」の各視点で特定したマテリアリティを、異なるページなどで別のリストとしてそれぞれ開示している事例は0.2%(2社)であった。
「企業価値視点のマテリアリティ」は前年の73.4%(692社)から1.3ポイント増加し、進展が見られた。「環境・社会視点のマテリアリティ」についても前年の75.4%(711社)から7.2ポイントの増加となった。両視点でマテリアリティを開示する事例は、前年の60.4%(570社)から6.9ポイントの増加となった。
「企業価値視点」の開示は増加し、投資家からのニーズに応える形でマテリアリティの開示が広がってきていると考えられる。しかし実数としては「環境・社会視点」の方が未だ多い結果になった。また両視点の開示事例も増加しており、開示が進む中でもシングルではなく、ダブル・マテリアリティのスタンスをとる企業がさらに増えていることも確認された。
一方、企業価値視点のマテリアリティを機会とリスクに分けた説明の開示は前年の16.5%(156社)から4.1ポイントの増加となった。環境・社会視点のマテリアリティについては社会的インパクトの観点から説明する事例が前年の0.7%(7社)から0.4ポイント減少した。
マテリアリティの開示は進んでいるものの、企業価値評価に反映しやすい要素である機会・リスクやインパクトについての具体的な説明がなされていない事例が未だ多いという課題が見られた。
またダブル・マテリアリティの事例は増加したものの、企業価値と環境・社会インパクトのそれぞれの視点を明確に区分している事例は少数にとどまったままであり、これも企業価値評価に取り込むという視点では不明瞭な開示となっている懸念が残った。
2024年から2025年にかけて、これまで拡大を続けてきたサステナビリティやESGの潮流は、見直しの局面を迎えた。
米国では、2024年の大統領選挙を契機に共和党政権へ移行し、政策は反ESGへと大きく転換した。一方、これまで積極的かつ急速に推進してきたEUにおいても、厳格なサステナビリティ規制の域外適用に対する米国などからの反発や、域内で競争力低下を懸念する声を背景に、現実路線への回帰を示すロールバックが生じた。ただし、EUの基本姿勢は依然として積極的であり、米国でも州レベルでは従来通り推進する地域が存在する。さらに、EUではウォッシング防止への圧力が一層強まっている。
日本においては、欧米の動向の影響を受けつつも、コーポレートガバナンス改革は継続され、ISSB基準の適用に向けた制度整備が進展している。また、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)によるサステナビリティ投資方針の公表など、企業と投資家双方に対してサステナビリティを促進する政策は維持されている。企業や投資家における重要性も変わらない。さらに、GPIFの方針ではインパクトの考慮にも言及され、概念の拡張が見られた。
こうした外部トレンドの変化がある一方で、地球環境の悪化や社会の分断は深刻化し続けており、企業価値への影響は増大する傾向にある。企業は外部環境を踏まえつつ、自社の指針を明確化し、ステークホルダーとの対話を重ねながらブラッシュアップすることで、サステナビリティ経営の高度化を求められている。マテリアリティの特定や運用は、社内理解や外部とのコミュニケーションを深める契機となり得る。すでにマテリアリティ開示が実務として定着する中、先進企業は定期的な見直しを行い、その過程で経営戦略との結合や外部意見の取り込みを進めていることからも、その重要性がうかがえる。
今後、マテリアリティの開示とそのプロセスの重要性は、さらに高まっていくと考えられる。





















































































